デスペを受検してきた

2018年4月15日(日)、平成30年度春期試験の「データベーススペシャリスト試験(デスペ)」を受けてきた。

結果は2ヶ月ほど先まで返ってこないが、恐らく「不合格」だろう。

この記事にはデスペ受検体験談として、今回の受検の感想を記しておこうと思う。





デスペは高度試験の中でも簡単な部類に入るそうなことを聞いていたし、自分には、過去に基本情報技術者試験応用情報技術者試験に一発合格した経験と、それに対する自負があったため、完全にナメてかかった。





本番の3か月ほど前に購入したデスペ対策の参考書には、昨年の試験問題が付録されていた。

本番の1週間ほど前になって初めて、その巻末に載っている過去問の部分だけ開き、解き始めた。

しかし当時の自分のナメ腐ったモチベーションでは、結局、過去問一年分すら解き切らないまま、本番を迎えることになった―。





―そもそも私がこの試験を受けた理由は、学校の単位習得でも、会社の昇給目当てでも、知人からの勧めでもなく、おそらくこの試験が自分にとって、最もローコストで「スペシャリスト」の称号を得ることができる機会になるであろうと思えたからd、、、

いや、そういうわけでもない。

私がこの試験を受けたことに、特に理由なんてない。

私はこの試験を「ノリ」で受けた。

私は何事にも明確な理由や目的を持って行動するような、筋の通った人間じゃない。

2、3年前から、趣味を通じて情報処理の類いについての知識を付け始め、そこで知人に勧められて初めて「基本情報技術者試験」を受けて以来、その後もノリで応用情報、今回のデスペ、と自然な流れに身を任せて受けてきたにすぎない―。





「この試験を受けたら、自分へのご褒美にカメラでも買おうか」

カメラを趣味にしたいという気持ちが、結構前からあった。

YouTuberの「瀬戸弘司」さんの動画なんかを徒然なるままにみていると、一眼レフなるカメラの一台ぐらい、自分でも所有してみたいという気になってくる。

もしカメラがあったら田舎の自然をみずみずしく写真に収めたいなあ、とか、キャンプに行って焚火をムーディーに撮りたいなあ、、、

とか、普段もっぱらインドアな暮らしをしている癖に、そんなことを考え始める―。





―いくら「ノリ」で受けるといっても、受検というのは精神をすり減らすイベントだ。

合格すること自体にモチベーションが持てないという問題はさておき、その受検自体にモチベーションを持てるように、何かインセンティブを設けようと私は考えた。

「受検を終えたら、カメラを買う」

という予定を決めた。

そうすると、気持ちよくカメラを買いたいから、そのためには受検後にできるだけ大きな達成感を得られるように頑張ってみようか、と思えてくるのだ。

しかし、今回私はその達成感を得るのに失敗することになる―。





―試験当日の朝は、少し雨が降っていた。

私は、最近2年以内に応用情報技術者試験に合格していたことで午前1の受検を免除できたので、家を出る時間が遅くて済んだ。

朝早くから家を出て余分な試験を受ける必要がない上、幸運なことに、私が家を出る頃に、ちょうど降っていた雨が止んだので、余計に気持ちがよかった。

試験会場の最寄りの駅で降りると、いかにも私と同じ試験を受けに行くであろう人たちが、ぞろぞろと同じ方向に歩いている。

まず男性比率が9割を超えていて、年代は平均的に30代半ば以降という感じで、派手な服装はせず、髪の毛は短い。

会社に勤めてシステムエンジニアをしている人や、理系の学生が多いんだろうな、と思った。

チェックシャツが理系男子の象徴であるようなイメージがあるが、「理系」感の本質は、表情やしゃべり方、体形や歩き方(身体の動かし方)などにあるのだと思う。(ここまですべて私の直感的印象。)





―午前2の試験は、よくできた。

もしかしたら満点を取れているんじゃないかと思えるほどの出来だった。

マークミスも無いはずだし、いくつか問題文を読み間違えていたとしても、6割を切っていることは無さそうだ―。

―しかし、高度試験の山場は、やはり午後の試験だ。

誰もが面倒臭がるぐらいに長い問題文に目を通して、答えを記述しなきゃらない。

難易度も高い―。





―結果として、私はその難易度に太刀打ちできず、解答欄をほとんど空欄にして午後1・2両方の試験を終えることになってしまったのだ。

問題文に目を通しても、意味が入ってこない。

問題文を脳内で音読するのみで、一向に意味を捉えることができない。

集中しよう、と意識を切り替えようとしても、いつの間にか「自分がこの文を意識できていない」ことに意識が向いてしまって、意識を問題に戻すことがだんだん難しくなっていった。

午後の試験時間は長く、特に午後2の試験は2時間もあって、うまく休憩をとりつつ問題を解かないと集中が続かなくなるほどの長丁場になる。

しかし、私は何せ過去問を解き切らずに本番を迎えたので、その試験問題と時間の試練に面食らうことになった。

その大きな壁が立ちはだかったとき、私の脳みそは現実逃避して、意識がいろんなところへ飛んで行った―。





「周りの人はやっぱり自分よりも賢かったんだ。」

「自分が受けると決めた試験で、対策不足で不合格だなんて、完全に敗北だ。」

「いや、試験時間は2時間もある。最初から問題を読み直してみよう。」

「この問題はやめて、もう片方の問題に移るのもアリ。」

「いや、どうにもこうにも無理だ。午後1を終えた時点でもう不合格なのは決まっている。」

「そんなのはまだわからない。諦めていいのか。」

「こういうときに頑張れる人間じゃないということは、自分が一番わかっているだろう。諦めるとして、どう次に繋げるかを考えるべきだ。」

「しかし、諦めて楽をしてしまったら、気持ちよくカメラを買えないしなぁ。」

「うーん、もうこの試験を終えたときに達成感を得ることはできない。煮え切らない気持ちしか残らなそうだ。」

「自分が悪いのだから、この苦しさは自分でしっかり受け止めるべきなのか。」

「いや、ただ苦しいだけでは意味がない。バネにして次へつなげるべきだ。」

「じゃあ、この苦しみを忘れないように、苦しかっただけで終わらせないように、今日のことを文に書き残そう。」





―諦めるかどうかの葛藤の末、私は結局、最後まで問題を解き解答欄を埋めることを諦めた。

葛藤とはいえ、その自問自答のベクトルはすべて、カメラに向いていた。

自分はカメラを気持ちよく買うことしか考えのない不誠実な人間だったようだ。

そして謎のロジックにより、自分の不勉強という失敗に対し、「文に書き残す」ことに償いを求める結論に至った―。





―この記事はつまり、私が今回デスペ受検で味わった敗北感を克服するために「文に書き残した」体験談だったということになる。

もう少しで書き終えることになるが、一向に敗北感は収まらない。

まぁしかし、来年また受けるチャンスはあるし、今年の秋には別なIPA高度試験もある。

そこでリベンジが果たせれば、今回の失敗も本当の意味で償われることになりそうだ。

次こそは「ノリ」だけに身を任せるのではなく、自分が満足のいく受検ができたらと思う。





―あぁ、カメラを気持ちよく、買いたい―。